戦後における民間の「男系」限定論の先駆けは、
葦津珍彦氏の『
そこでの論点は3つ。
(1)「日本皇室の万世一系とは、
(2)「女系継承を認めず、しかも(
庶子継承を認めないと云ふ継承法は無理」
「
(
決して望むべきではない」
この時点で既に、
さすがだ。
(
しかも、それが望み難いことは最早、明白。
取り分け注意すべきは(2)。
側室不在の条件下で、
「無理」(傍系も含めて)。
よって従来通り、側室から生まれた「庶子」
継承を認めるべし、と主張されていた。
確かに「男系限定」
はじめて持続可能。
だから男系限定にこだわるなら、
必ず“側室の復活”
その意味で、葦津氏の論は極めて「
むしろ、世上の男系限定論が揃って、
だが果たして、それは実現可能か。
端的に言ってノー。
まず何よりも、
国民の圧倒的多数も決して賛成しないはずだ。
その上、
実際に側室になる女性が現れるとは、
およそ予想し得る将来において、
だったら、
皇室の存続を願うなら、葦津氏が前提とされた
(
また、現に再考を迫られていることが、
(
問題の焦点は、「男系限定―側室復活」か、
それ以外に道はないことを銘記すべきだ。




















